言いたいこと以外言わないソレ

言いたいこと以外のことを言わない文章の集まりです。

コロナの夏の思い出を 第四回「TENDOUJI-COCO」

まえがき

 

 

こんなんどうよ!!という気持ちで今回は紹介させていただく。

 

 

 

全五回というわずかな枠の中で、夏にこそ聴いてほしい曲を紹介していく、というのが本コーナーなのだけれど、ナンバガガガガSPという世代ピンポイントで打ち抜きすぎのバンドを紹介しちゃったので、

もう今回はちょっと前三回とは趣向を変えたバンドを紹介することにしようと思う。

 

 

この記事が投稿されるのが8/20。もう八月も終盤で、堂々と「夏なう」と名乗れる時期がもう短くなってきている頃だと思う。

 

 

だからこう、ここで「こんなんどうよ!」だ。

 

てなわけで前置きもそこそこに、こんなんどうよブログ、第四回です。

 

 

                                  

 

 

 

 

 

 

第四回「TENDOUJI-COCO」


TENDOUJI - COCO (MV)

 

というわけで、TENDOUJICOCOである。

 

 

というわけで、と言われてもなんのこっちゃであろうから、もうちょい詳しく言う。

 

TENDOUJIというバンドは2014年結成の四人組バンドで、とにかく愉快なサウンドが特徴的。

 

衝撃なのが、結成当時誰もバンドをやったことがなかった、どころか、ドラムのオオイナオユキは当初ドラム未経験。

 

 

メンバーは全員30代前半で、なんというか「こんな楽しい大人になりたいな~」の一心になってしまう。親戚に居てほしい。

 

親戚一同のBBQで、アサノさんは一番にビールを飲んで「じいちゃんが先でしょ」と怒られていてほしい。

 

 

若干妄想という名のノイズが入ったが、すなわちこういうバンドだ。あとはもうググってくれ。

 

 

さて、このCOCOという曲、どこが最高かという話をするときりがないのだが、やっぱりこの異常なまでの「疾走感」ならぬ「爆走感」が最高なのだ。

 

僕は英語のリスニングがクソの煮汁ほどもできないので、英詞の意味は大概ちんぷんかんぷんなのだが、そんなんどうでもいいじゃないかと言うようにTENDOUJIの音楽が全身に強烈な追い風を起こすのである。

 

サビでクラップハンズが入るのが気持ちよすぎるし、(本来なら遠征していたはずの)夏フェスとかでこれを聴けたときなんか、きっと全身の汗が噴き出るくらいに大はしゃぎすること間違いないのだ。

 

 

そしてとにかく、MVの本人たちが誰よりも楽しそう。

楽しそうに音楽する人の音楽の楽しさにはかなわない。

 

ともあれ、日本人が書いた英詞を和訳してみると、それもそれでメチャ最高なのだ。

 

 

I don't wanna be a sixteen heart oh

What I'm taking? Don't know how

I don't wanna be a sixteen heart also.

Swinging like a blue.

 

(クソ日本語訳)

16歳のころに戻りたいなんて思わない

どんなように過ごしてたかすら覚えてさえいないから

16歳のころに戻りたいなんて思わない

今はただ青いように揺れていたい

 

 

ここ、この歌詞めっちゃ良い。

 

今を全力で楽しんでる大人が、声を大にして「16歳に戻りたいなんて思わない」と歌い上げる。

 

なんて理想の大人で、なんて理想の夏ッ。

 

これはいい、コロナの夏の思い出の一曲としても、過去を振り返らずに今爆発すればいい、って思えるいい曲だ。

 

この曲にはBBQとか似合うと思う。バカデカい肉をじっくり焼いたり、川にダイブしたり。

夏を楽しめ~~!って感じする。

 

 

というわけで、今回はTENDOUJIのCOCO。ぜひプレイリストに入れてもらうことを強く推奨する。

 

では今回はこんな感じで。

I wanna know what do you wana be!

 

 

 

 

 

 

次回、ラストの更新は8/27

ラストにふさわしい曲、かいて待ってるので次回も読んでね。

 

 

 

 

「コロナの夏の思い出を」今までのプレイリスト

https://www.youtube.com/playlist?list=PLuotCALdZaAAkySh8zwvV52R3brDsd336

ブログ全体はこっち

https://www.youtube.com/playlist?list=PLuotCALdZaAAcb9lM8EYxj8xQFlnp_a_V

 

 

 

 

 

おしまい

 

コロナの夏の思い出を 第三回「ガガガSP-線香花火」

まえがき

いや、いやね。別に僕は懐古厨じゃないんだ。

やれナンバガの次はガガガSPとな。なんだなんだ我々若者の「エモ」はどこにいったと。

そう言いたくなる気持ちもわか…………わか………………

 

 

わかりはしねえわ。

 

 

「エモ」なんて知ったこっちゃないが、あるいは僕はこれを「エモ」なんて言葉で片付けたくないがためブログを書いているようなところもあるんだけど、

まあ人が呼ぶところの「エモ」って、よく分からないけど心がわしづかみにされて、動けなくなるみたいなものだと思う。

 

じゃあこれもエモだよ。当然。

 

 

てなわけで、このコロナのどうしようもない夏を彩る曲を紹介するこのコーナー、折返しの第三回です。

 

 

 

 

 

第三回「ガガガSP-線香花火」


ガガガSP 「線香花火」結成20周年ver.(再録)

 

ガガガSPスペシャル)を知ったのは、まずは名前から。

 

僕が音楽のブログを書き始めて、ライブハウスという文化を知ってから、音楽についての文章を読もうと思い、さまざまなブログを転々としていたときにこの名前を見つけた。

 

そのブログが一体どんなブログだったかは忘れたけれど、ブログの筆者と僕の音楽の好みが結構近くて、そんな筆者が敬愛しているのがガガガSPだったのは覚えている。

 

その時は、う~ん、結構歴の長いバンドなんだなあくらいにしか思っていなかったのだけど、しばらくたった夏の終わりの初秋のころ、YouTubeの「Reccomend for you」に突如出現したこの曲を、僕は再生したのだった。

 

 

 

再生したとたん、両頬を、夏のじりじりするような熱波が吹き抜けたような気がした。

ヘッドフォンのイヤーパッドを吹き飛ばすくらいの熱量。

 

夏の初めくらいに見た花火、近所のお祭りの屋台、デートで食べたソフトクリーム。

この全部が次々に早送りでフラッシュバックしているような気分になった。

 

 

 

と、まあ、こういう曲だと僕は思う。

 

あいも変わらずこういうロックに僕は目がない。

 

ジャカジャカのギター。ギュルンギュルンのベース。叩きつけるドラム。全身で歌うボーカル。

 

これらすべてがアツい。冬に聴くと夏が恋しく、夏に聴くと今この瞬間がたまらなく愛おしくなること請け負いである。

 

 

 

嗚呼 線香花火よ 当たり前の事しかない現実に

ふと僕の意識が飛ぶ程に

全てを照らし続けてくれないか。

 

大人になって青春時代を振り返るような歌詞だけれど、それを(多分大学時代はギリ青春にカウントできる、ギリ)青春と言われてしまう年齢真っただ中に聴くと、また一層掛け替えのなさが際立ってしまう。

 

 

「僕」の意識が飛ぶ程に、全てを照らし続けるくらいに、実際の線香花火は眩しくはない。

だけど、振り返ってみるとほのかな光の線香花火でさえ、今の「僕」にとっては気を失ってしまうくらいに眩しいものなのだろう。

 

 

 

嗚呼 線香花火よ この路地の向こうにいる

あの娘の顔も一緒に照らしてくれないか

この暑い夏の夜に

 

 

このフレーズから、歌詞カードと文面の間を決壊して出てきそうなほどのおびただしい熱量と、切なさを感じる。

 

我々はきっと、大人にならなくてはいけなくて、またなっていくんだと思う。

 

だからこそ、今が永遠に貴重なんだな、と思う。

 

 

あ~~~~

 

コロナが無かったら沢山旅行に行くつもりだったのにな~~~~

 

マジでふざけんなよ~~~~~~~

 

 

 

ぶうぇ~~~~~~~(ぶうぇ~~~~~~~)

 

 

 

 

 

 

 

 

P.S.

再録verを掲載しましたが、原版のほうが最高によい気もします。でも再録もいいな。いやどっちも最高。


ガガガSP「線香花火」

 

 

 

 

 

次回の更新は8/20!

 

 

 

 

 

 

 

「コロナの夏の思い出を」今までのプレイリスト

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おしまい

コロナの夏の思い出を 第二回「NUMBER GIRL-透明少女」

まえがき

僕はNUMBER GIRLを昔から聞いていたわけではなく、再結成を機に「そんなすごいバンドがあるのか!」と聴き始めた勢である。

 

だからなんていうか、NUMBER GIRLの歴史の重みとか、そういうものを抜きにして今回NUMBER GIRLを選曲させていただいたわけで、

 

「ここはこうだろ!」

みたいなご指摘は

 

「クソにわかがそう感じちゃうのも訳ないよネ。僕タチ玄人のほうが詳しいんだからw」

みたいに押し殺しておいてほしい。許してください。

 

あとスターバックスでこれを書いてるんだけど、紙ストローってどれくらいもつのかなコレ。

俺この330円のコーヒー一杯で結構粘る予定なんだけど。途中でボロボロになったら悲しい。

 

 

そんなこんなで、めんどくさいしPV伸びないしで若干始めたことに後悔してる本コーナー、第二回の更新です。

 

 

                                   

 

 

 

 

 

 

第二回「NUMBER GIRL - 透明少女」

 


NUMBER GIRL - 透明少女

 

NUMBER GIRLというバンドはどうやら聴くところによると、短くも長い歴史を持ち、それに伴う熱狂的な人気もあるという伝説級バンドだそうで、そんなバンドについて文章を書くという行為はおこがましいというものだと、思う。

 

 

そう思うのだけれど、なぜ僕は文章をいま書こうとしているかというと

 

①同世代でNUMBER GIRLを聴いている人があまりにも少ないから

 

②この曲のあるフレーズがめっちゃこの夏にマッチしているから

 

である。理由はこの二点に集約される。

 

NUMBER GIRLは再結成を機に世代じゃない層にも名が知れて(再結成時、Twitterのトレンドトップに入っていたのをおぼえている)、僕もそのタイミングで聴き始めた。

 

OMOIDE IN MY HEADを初めて聴いたような気がする。

2000年初頭とか(もう少し昔?)の音楽なのに、与えられる熱量は時代をはるかに超えて余りあるほどであり、身体中を動かさずにいられなかった。

これを青春の真っただ中とかに聴けていた世代、そりゃTwitterとかで大興奮するなと思う。

YouTubeに転がってると思うのでぜひ聴いてみてほしい。

 

 

 

で、そんなバンドNUMBER GIRLが1999年(僕が生まれる前!!)にリリースしたのがこの透明少女である。

 

まさに「駆け抜ける」ようなサウンドと、「気づいたら俺はなんとなく夏だった」というあまりにも今夏にマッチしすぎたフレーズ。

 

いいでしょ?

この曲流しながらドライブでもしたくなってきたでしょ???

 

 

透き通って見えるのだ

狂った街かどきらきら

気づいたら俺は夏だった風景

街の中へきえていく

 

 

とくにハッキリとした理由なく、気づいたら夏だったのである。そういうもんだ。

 

と言われると確かにそうだ。気づいたら夏だよな、いっつも。と思う。

 

きらきら光るというキーワードが随所にみられる。夏のウンザリしてしまう猛暑の中に、ところどころ「きらきら光る」何かが見られる。その感覚をおぼえたことがある。

でもそれは年をとるにつれ見つけられる数が減っていく、たしかに減っていく。

 

高校のころ、学校にいかずそのまま自転車で海まで一人でいったとき。そんな感覚を思い出させてくれる。

 

 

夏はまだ始まったばかり…である。

 

 

 

次回の更新は8/13

 

 

 

「コロナの夏の思い出を」のプレイリスト

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おしまい。

コロナの夏の思い出を 第一回「さとうもか - Glints」

まえがき ~コーナーのごあいさつ~

 

コロナウイルスのせいで、今年の夏はいつもの夏よりちょっぴり寂しい様子になりそうで。

 

旅行もうかつに行けないかもしれませんし、もうなんて言うか鬱々としちゃいそう。

なんの思い出もエモさもない夏は嫌だ!ゲボッッッッ!

 

そんなあなたのために、多少音楽をたくさん聴いている(つもりの)僕が、今年の夏の思い出になりそうな曲を、「コロナの夏の思い出を」などと題して勝手に紹介していこうと思います。

 

 

クッソ寒い素人のブログなんですけど、まあ暇だったら読んでください。こっちも眠れない夜とかに書き溜めるだけなので、需要と供給が渋々合致したみたいなもんじゃないですか。

 

毎週木曜日にぼちぼち更新していきます。

予定は、全五回!八月が終わるまで!

 

気に入ったら拡散してください、より多くの人の、ただでさえ忘れがたいコロナの夏に、いい意味での「忘れられない思い出」を一つでも増やせますように!

 

 

                                    

 

 

 

 

第一回「さとうもか-Glints」

 


さとうもか - Glints Music Video

 

 

第一回は、さとうもかさんのGlintsを紹介させてもらう。

 

絶賛梅雨のさなかではあるけれど、もう梅雨明けは目前。

そんなこの時期にピッタリな、すこし湿っぽくて、でもなんだかキュンと来てしまうメロディと歌声。

 

歌詞のはしばしにちりばめられた、片思いの「背伸び感」がたまらない。

 

成就した恋愛ってやっぱり毎日幸せだけれど、そのまえのことってなんだか忘れがちになってしまう。

この曲はそのときの歯がゆくて、かけがえない夏みたいなものを思い出させてくれる。

めっちゃ酸っぱいもの食べたときって、口がすぼむじゃん?

それとおんなじ要領で、心臓がキュとなる。

 

 

もし機会があればそこの君は、ソーシャルディスタンス保ちながら片思いのカレとイヤホン半分こしてこの曲聴くといいと思う。

 

「…いい曲あるの!ちょっと聴いてよ!」

「お、マジ?聴かせて聴かせて」

 

ってな!!!!!!!!!

ふざけんな!!!!!!!!!!ボコすぞ!!!!!!!!!イヤホン断線しろ!!!!!!!!!!!!

唐突に『悪党の詩』とか流れ始めろ!!!!!!

 

 

手拍子で刻まれるリズムや、シンセサイザやコーラスの全部が柔らかく、ボーカルの歌声がそこに溶けこんでいく。

 

ルクアイスが夏の暑さにとろりと溶けていくように、聴覚をとっぷりそこにゆだねたくなる。

キュン、とするだけじゃなくって、音のすべてが徹底的に心地いい。

 

さらに、しょっぱなから歌詞がよい。

 

 

ああ 永遠に夏してたい

偶然見つけた花火みたいにね きらめいて

 

 

正直ここでがっしり掴まれた。一物書きとして激しい羨望をおぼえる言葉選び。

 

夏してたい、という表現だけで「夏してたい」の意味が、それを説明せずともパッと、みんなの中の「夏する」がそれぞれの脳内に広がる。

 

偶然見つけた花火みたいって表現、なんなんだ。最高すぎる。

バイトの帰りとかに夜道歩いてたら花火の音がして、振り向くと夜空にいくつもの花火が咲いていて、

「今日花火大会なんてあったんだな」

「でも俺には関係ないか…」

なんて思いつつ、用もなく好きな人のLINEのトークの履歴見たりするんだな。

 

 

 

いいねえ、恋する夏。

 

PVの写真の数々を見るうち、早く梅雨明けが来ないかと待ち遠しくなってしまう。

 

もう少しコロナが落ち着いたら、この曲でも聞きながら、家から遠いアイス屋さんでも行ってみてはどうでしょう?

ポカリとか飲みながらね。

 

 

じゃ、一回目はこんなところで。

次回は8/6(木)更新予定。

 

 

 

「コロナの夏の思い出を」のプレイリスト

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おしまい

人生は深夜ラジオみたいなものだ【サントラ/Creepy Nuts×菅田将暉】

 

人生は深夜ラジオみたいなもんだと思う。

 

中身がたいしてあるわけじゃないのに、飽きもせず没頭してしまうからだ。

 

 

そしてこの比喩も今でっちあげた、中身のない比喩なんだけど、かえってそれっぽいから困る。

 

 

 

ご機嫌よう、僕である。

蝉がミンミンと鳴きしきるころになったと、最近になってやっと気づいた。

コロナがあろうとなかろうと、人類の活動の営為が少しくらい損なわれようと、季節というのは巡るんだと思った。

 

「夏になったら、夏に聴くべき『エモソング』〇選、みたいなクソみたいなブログでも書いて多少PVを稼ごうかな~~~」

 

などと思ってたんだけど、なんだかやる気がなくなった。

このままではエモというかゲボである。

毎日「うだつの上がらない」という言葉も真っ青の、生産的に見えて非生産的な行動を繰り返しているばかりである。

 

解決策の見えないクソ問を一生解いている気持ちになる。成人したくねえし、酒飲んで忘れられるような生き方をしたくない。

 

 

と、まあ誰もが抱く将来への不安みたいなものを、チラ見しつつ七月が終わらんとしている。

 

このままではだめだと思いつつ、僕は深夜ラジオが聴ける時間まで起きている。

 

 

初めて深夜ラジオに触れたのは、中学二年くらいに、伊集院光深夜の馬鹿力のコーナーまとめをニコニコ動画で発見したときだったと思う。

当時は軽度の中二病とオタクをこじらせていたので、この「俺だけが聴いてるコンテンツ」感がとんでもない深夜ラジオにはすっかりはまってしまった。

 

「早く寝ろよ!」と口うるさい父にしかられないように、息をひそめてラジオにヘッドフォンを繋いで、もう真夜中だってのに、鼓膜を震わす

「月曜JUNK!!伊ッ集院光 深夜の馬鹿力!!」

の音を聴く。

下ネタ、偏屈、屁理屈…めちゃめちゃで面白い。

 

「みんなの人気者で明るくて面白いアイツ」には絶対にわかってほしくないと思っていた。俺だけのコンテンツであってほしいし、そうであるという傲慢もあった…恥ずかしい。

大喜利コーナーにメール送って読まれなかったんだからその程度なんだキミは。

 

 

さてそんな深夜ラジオのパーソナリティを受け持つ、Creepy Nuts菅田将暉が、曲を出したというので、深夜にこれを聴こうと思う。

 

 

 

 

 

 

サントラ/Creepy Nuts×菅田将暉


Creepy Nuts × 菅田将暉 / サントラ【MV】

 

 

結論から言うと、ラジオ好きは、できるならこれを「深夜1時から3時までの間」くらいに聴き始めてほしい。

 

 

 

どこの誰が演出を担当したのかわからないが、この曲の出だしの演出は最高すぎる。

びっくりする。本当に深夜ラジオを聴いているのかと一瞬錯覚する。

ちょっと音質が悪くなってるこだわりが最強。

 

 

正直、正直に言おうじゃないか、この際。

 

僕は菅田将暉は好きだけれど、歌手活動する菅田将暉はそんなに好きじゃなかった。

 

別に、真っ向から叩こうとか、そういうわけじゃなくて、好きなことをやってくれるのはいいんだけどさ、なんか、違くない?みたいな。

いや、いいんだけどね、なんだろう、奥歯に鶏肉の繊維が挟まってるときみたいな、ウン、すまんなそこのJK。俺はなんだか挟まってるんだ、違和感が。コラ、スマホをいじるんじゃない、何がチックトックだ?? なにがフェイスアップだ?? なんでみんなプリクラ上げるのインスタに?? 虚構??虚構屋さん???

 

 

というような違和感も、このサントラに限ってはマジで一切なかった。

日本一のラッパーと世界一のDJを前にして、全然ぼやけていない。菅田将暉菅田将暉で、彼なりの音楽愛を全力でぶつけにくる。

 

このブログは音楽を聴いては泣き、聴いては泣きを繰り返している柴田理恵ブログなので、無論ここでも目頭が熱くなる。

菅田将暉いいなあと思う。

 

 

で、看過できないのが「作曲:DJ松永」の文字。(コメント欄にあった)

もしかしたら、編曲に違う人が入っているのかもしれないが、正直言ってビビった。

 

そりゃCreepy Nuts名義でやっているんだから作曲してるのは当然っちゃ当然だけど。

 

なんていうか、ロック・ポップ寄りのこのトラックを、異常なまでの完成度で、そんじょそこらのバンドより恐ろしくキャッチーで、エキサイティングなものを、作ってしまうHIP HOPユニットのDJ(ここ重要)っていったい何なんだ。

 

そりゃ世界一のDJだよ。 あ、そうか、世界一か。

 

 

そしてやっぱりR指定のリリックとスキル。替えがきかない唯一無二の存在なんだなと痛感させられてしまう。

 

 

26最後の夜、少し期待して目を閉じる
27最初の朝、
何事もなくまた目が覚めた
 
 
筆者はまだ18歳の若輩者であるが、徐々にこのような感覚が、虫歯のように奥歯から浸食してきているのがわかる。
 
あ~そうやって適宜、大人の枠組みという存在するんだかしないんだかわからないカテゴリに自ら身投げしていくのね、と思う。悲しいがきっとそういうことなんだろう。成人するとかしないとか、そこはあんまり本質じゃないと思う。大人になったらわかるのだろうか。
 
サンタを信じなくなってから、誕生日が大して楽しくなくなってから・・・?
 
 
 
ライツ カメラ いくつもの夜 いくつものシーンといくつものカット
ライツ カメラ いくつもの朝 いくつものウソといくつものファクト
ライツ カメラ いくつもの目 行き着く先ならいくつもの末路
ライツ カメラ いくつもの耳へ 一枚の素肌から アクション

 

 

あ”ぴ~~~~~~~~~~でございます!!!!(丁寧な奇声)

 

これだ。ここは本当に大変だ。感情の大渋滞が起こる。

 

と、とりあえず、葬式or走馬灯で流したい曲リストの中にいれとこうと思う。

(ほかにはsumikaふっかつのじゅもんとかが入ってる、葬式で流したらおもんないジョークで遺族冷え冷えになると思う。)

 

MVとも相まって、今までの「何か」、踏みつけていて、ぶよぶよしていたさなぎのような何かが、濁流となって産声を上げる感覚に襲われる。

 

 

 

 

まあ、そんな曲。深夜ラジオはいいなあ。この記事を深夜3時に書けてて幸せだなあ。

 

明日バイトあんだけどなあ、どうしよう。ちゃんとした時間に起きれるかなあ。

 

まあいいや。

 

深夜ラジオはいいよ、とりあえず。可能であればradikoじゃないので聴くのがいい。

 
 
 
一体全体、どうしたらいいのかわからないような毎日を。
 
なんとなく解決した気にもなれないまま、ただバカみたいに笑ってる、放課後の雑談の続きみたいなのがそこにある。
 
気が向いたら聴くといいよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
おしまい

歌えるデブ、泣く俺【エクレア/岡崎体育】

 

岡崎体育というアーティストを、知っているだろうか?

 

 

まあ、そこそこ知られていると思う。音楽好きなら、もれなく知っていると思う。

僕はこのアーティストのファンである。なんなら僕の母もファンだから、親子で岡崎体育さんのファンである。

 

「えっ、お母さんまでファンなの!?イケメン俳優かな??」

と思った方は、一度SafariChrome岡崎体育の御尊顔を見てみてほしい。

 

「あ・・・ブックオフとかGEOの店員してそう・・・」

「ポテチとコーラばっかり食べてそう・・・」

 

うん、そうだよな。

 

でも僕は、このアーティストが、そんじょそこらの顔が良いアイドルとか俳優より、何百倍もかっこよく見えるのだ。

 

 

 

 

エクレア/岡崎体育


ポテト探検隊 「エクレア(Live Version)」Music Video

 

※ポテト探検隊とあるのは、いつもは一人なのを、バンドバージョンでやったときの別名。

 

 

聴いてほしい。

 

これは、岡崎体育さんがまだ会社員だったころに作曲した歌である。

 

将来が「見えてしまった」人の無念とか、どこにも行き場のないやるせなさが、存分に詰まった歌だ。自分が嫌いじゃなくって、歌える歌があって、そんな彼の気持ちがいっぱいに詰まった歌だと思う。

 

岡崎体育と言えば、MUSIC VIDEOや、感情のピクセルなどで何度かバズり、「インターネットの面白い人」みたいなイメージが結構いつまでもぬぐえなかったのをおぼえている。

 

しかし、この人はそんな「おもしろコンテンツ」メーカーとかじゃないんだ。

 

この曲は、そんな彼の沁みる歌の代表だと思う。

 

 

想像上のステージと

想像上のオーディエンス

やれるとこまでやろう

 

歌い方までも、この部分は切なく、でも前向きだ。この部分を聴くたびに、眼球の奥のほうが熱くなる。

とくに部屋がきったなくて、洗い物もしてなくて、そこらにお菓子のゴミが散乱してるときとかに聴くと、もうだめだ。

 

 

岡崎体育は、たしかにおもろい人だ。トークもセンスあるし、生み出すコンテンツも面白い。

だけど。

だけどそれだけじゃない。

 

野心があって、それを叶えるために、MUSIC VIDEOの一発屋で終わらないために何度もプロモーションし、努力でそれを叶えに行く。

さいたまスーパーアリーナに立つといい続け、誰もが無理だと言う中で、ついにそれを叶えてしまった

(参考:https://hominis.media/category/musician/post4279/)。

 

君が冒頭で「ブックオフの店員」と思った男が、夢を叶えるために、憧れを自分のものにするために努力し、そして叶える。

彼はハングリー精神にあふれた人間なのだ。

 

沁みるな。

生きざまごと尊敬に満ち満ちる。すごいアーティストだと僕は思う。

 

 

皿洗いでもしないといけないし、風呂にも入ろうと思う。俺も俺で、やるべきことが、やりたいことがあったことを、彼はいつも思い出させてくれる。

 

 

 

 

 

おわり

拝啓普通な人へ【ギャグ/星野源】

【楽曲がでてくるまでに1500字くらいあります。なんだそりゃ】

 

 

 

 

ダメだなあと思う。

 

評価されているものに唾を吐きたくなるときがある。

人気者をディスりたいし、なにかにつけて自分より優位なものの粗を探したくなる。

かといって、ほかに斜に構えているものがあったらそれはそれで癪に障る。

正論は嫌いだし、とはいえ気休めの正論の否定も大嫌いだ。

 そんなときが、ある。


それは自分に自信がないからだ。

 

 

という、安直な論理展開をした文を書いている自分の文章も嫌いになるし、この「自分が嫌い」というカテゴリーさえ嫌いになる。

 

 

僕は普通でいたくない、というよりむしろ、「僕の普通」を「普通」として受容したい。

 

「普通のカテゴライズ」から脱したい、その思考自体いたって「普通」で、やっぱりその「普通のカテゴライズ」は嫌いだからだ。

 

 

でも、

「『普通のカテゴライズ』から脱したいといういたって『普通』な思考」が、はたして本当に「普通」なのか。

これもわからない。

 

というか、そもそも「普通」とは何なのか。

 

解らない。

そもそも前述の姿勢、それが純粋に僕の願望なのか、それさえももうわからない。

 

 

 

 

小6のころ嫌いだった担任に「普通にやりなさい」と言われた時から、この呪縛は始まった気もする。

 

図工の時間だった気がする。

僕はそれはそれで一生懸命やったつもりだった。でも僕は人より数段不器用だった。

だから人並みの結果を出せなかったのは当然だし、でもぼくは一生懸命「普通」にやったのだ。

 

だから困った。怒られるのは嫌だ。咄嗟に

「普通ってなんですか」

と訊いた。

「普通は普通です、常識ってことです」

と答えられた。

 

人並みにできない自分という存在が恥になった瞬間だった。

みんな、それぞれの基準で知らず知らずのうちに形成された人並みを、知らず知らずのうちに求めているんだと知った。

 

僕は大多数の人並み、すなわち普通の基準をクリアしていない。

 

別に、この文章は悲劇の主人公気分で感傷に浸るために書いてるわけでもない。

事実として、「図工の時間」において僕は優劣の基準での「普通」をクリアできなかっただけである。

 

僕は恥をおぼえた。

 

けれどできなかったものに対して努力をしなかった。

「普通」という名の「理想」から逃げることにした。

 

それは楽だった。

生活のすべてにおいて、何もかもにおいて、自分がクリアできない「普通」に直面したら、それを超えようとするのではなくて、「普通をしない」というスタンスでいることを「僕の中の普通」として書き換える。

 

中二病とかじゃなくて、斜に構えるでもなくて、「逃げ」である。

 

たったその作業だけで僕は解放されていった。

 

そして気づいたころには僕の考える「普通」も、周りが求めている「普通」も見失っていた。

 

 

 

けれど、今更また探すことはできない。

「脱・普通のスタンスを普通とした普通」は良くも悪くも僕という存在の根っこだ。

今更「何が普通か」なんて考えたくもない。考えて答えを得て、『普通の理想像』を得て、僕はどうしたらいいかわからない。

 

これもおそらく「逃げ」である。そういう考え方もできると思う。

 

 

そして「普通」の人はこんな文章を書かないのかもしれない。

この文章すら

「普通でない自分、として自分をカテゴライズすることで、文章化しなければ自分の考えを整理することすらできない弱い自分を自己弁護する」

ためのツールなのかもしれない。

 

もはやわからないことだらけである。こうなるともうだめだ。死のう。

 

死のう死のう考えたって死にはしない。

そこそこ自分のことを気に入ってるからだ。

 

音楽聴いて味噌汁飲んで布団に潜れば、なんか明日くらいには忘れることを知ってるからである。

 

逃げ続けることで得た生存戦略の一つかもしれないと思えば、なんだか自分がいい感じかもしれないと思う。

安い男である。

 

 

 

今日はシジミの味噌汁(インスタント)を飲んで、この曲でも枕元で流しながら数時間眠ろうかなと思う。

 

 

 

ギャグ/星野源


星野源 – ギャグ(Official Video)

 

この曲はいまでは国民的スターの星野源が、

数年前過労によるくも膜下出血で倒れる直前に歌声が録音された歌である。

 

聖☆おにいさんのアニメ映画の主題歌で、本人も声優をやっている。

 

 

この曲は星野源さんが闘病の「地獄」に放り込まれる直前の歌ともとれる。

 

メロディや歌詞のポップさや明るさの中に、星野源さんの感性の繊細さと、彼の哲学が見え隠れする。

 

 

ギャグの隙間に 本当のことを 祈るみたいに隠して

 

この歌詞に潜む、どことない寂しさが、ポップなメロディの中でいちばん翳っている。

光っている、ではなく翳っているのだ。

 

暗い側面を星野源さんは確かにしっている。

彼自身引きこもりの時代があったくらいだ。

 

知っている。でも救おうだなんて傲慢なこと思っちゃいなくて、ただ、隙間みたいなところに祈り(みたいなもの)を差し込んでいるんだとおもう。

 

良い曲だと思う。

 

 

 

 

なんか寝なきゃいけない夜に限ってこんな2000字以上も文章を書いたりしてしまう。

 

 

あ~。

 

なんかあほらしくなってきた。

 

結論など出ているではないか、「普通」なんてものは、少なくとも僕にとっては「理想像」に過ぎないんだ。

 

みなさんも好きに「普通」を信じたらいいと思う。「自分が普通かどうか」なんて誰が「普通」を論じるかによって変わるんだから。

 

あ~あ。

 

仮にこれが「普通」の「普通というものの答え」じゃなくてもいい気がしてきた。

 

というかもう、なんなんだろう。あほらしくなってきた。腹へったし。

 

いいわ、もう。俺の普通は、「すき焼きはおいしい」とかでさ。

「普通のこと」ができなくなるときたまにあって、そのたび悩んだりするけどさ、まあいいや、というかもういいや。

 

こんな身勝手な考え方が「普通」の人からしたらどう思われるのか知ったこっちゃないけどさ、もういいや。

 

腹減ったから、もういいや。

それじゃあ、これからもよろしくお願いします。

 

彼女へ。僕は勝手に悩んで少々当たって、また勝手に解決しました。ごめんなさい。迷惑かけました。ありがとう。奢るので、ピザもとりましょう、冷麺も食べましょう。今度、何か送るので許してください(肩もみもします、肩たたきも)。

 

川本君へ。電話でれなくてゴメンナサイ。その時間帯は死に物狂いでレポートやってました。今度何も送りませんが許してください。(さすがに帰省したらお土産くらい持っていきます)

 

 

 

音楽へ。今日も音楽に救われてる感じはする。もしかしたら違うかもだけど。今度何も送らないしお土産も持ってかないけど、また勝手にブログにするので許してください。

 

 

おわり