言いたいこと以外言わないソレ

言いたいこと以外のことを言わない文章の集まりです。

登場人物が多すぎて論旨がボヤける小説

 蟹江祥一(かにえしょういち)はため息を吐いた。原因はテーブルの向かい側に座る女、桐分城夕那(きりわけだちゆうな)にある。

「で、アイツとはどうなったわけ」

 ストローでアイスコーヒーをくるくるかき混ぜながら、にやついた顔で問いかけてくる。アイツ、というのはもちろん、俺の片思い相手、四十万愛佳(しじまあいか)のことである。相変わらず不躾な質問だと思いながら、俺は声を潜めて答える。

「付き合うことになった」

「えっ、マジ!?嘘!」

「嘘、って失礼だなお前」

 桐分城と四十万は幼馴染であり、四十万のそのよく言えばさっぱりしている、悪く言えばとことん好き嫌いの激しい性格は俺らの間では周知のことだった。だからきっとこの結果は桐分城には意外だったのだろう。

「平次郎もうちも、フラれるに賭けてたのに」

 平次郎――葦野平次郎(あしのへいじろう)は桐分城の彼氏である。また、俺と同じサークルの友人であり、親が開業医のボンボンでもある。

「人の恋愛でギャンブル楽しんでんじゃねえ」

「いや、平次郎が言い出したことだし、知りませーん」

「こいつ・・・」

 桐分城との出会いは四十万との出会いを引き起こしたという点で僥倖だが、桐分城との出会いがあったという時点で最悪だったのでプラマイゼロであった。

 大学に入学した俺は、有名ロックバンド『UNROCKED DOOR』のボーカル、時雨驟雨太(しぐれしゅうた)を輩出したことで有名な軽音サークルに入り、日を同じくしてその入会の場にいたのが、桐分城、四十万、葦野、そして海原九(うなばらきゅう)であった。共通の音楽の趣味と全身から漂う性格の悪さに互いに親近感を憶えた我々はすぐに仲良くなり、サークル長の生塩粋(いくしおすい)の家に毎日のように入りびたる仲になった。生塩先輩の親はどうやら有名な国会議員先生らしく、生塩先輩の別邸には我々が暮らすのに十分な数の部屋があるほどだった。

 そんなこんなで四十万と同じ高校出身の作上真司(さくがみまつか)や『UNROCKED DOOR』のドラムである垂石京助(たれいしきょうすけ)の助力もあり、先日、四十万との遊園地デートにこぎつけたわけだった。

「何?大丈夫?」

 今までの苦節を振り返ってぼーっとしていた俺に、桐分城が声をかけてきた。

「あ、うん、なんでもない」

「そ・・・あ」

 桐分城のスマホからLINE電話の着信音が鳴り始めた。ごめん、と一声かけて席を外した。俺はあいつが残したアイスコーヒーのグラスをぼーっとまた眺めた。四十万はブラックコーヒー飲めないらしいけど、こいつは飲めるんだな・・・あ、でも四十万のコーヒー嫌いは清河績(きよかわつむぎ)の悪戯のせいだったか。あれから時間もだいぶたったし・・・

「おい」

気づけば、桐分城と糸井重里(いといしげさと)が目の前にいた。

「あ、なに?」

「ガチでぼーっとしてんじゃん、うかれんなよ」

「あ、うん・・・糸井、来てたんだ」

「おう、お前のカップル成立祝いに、今日飲みにでもいかないか、って思ってな」

 糸井は気が利くやつだが、こういうときはそっとしておいてほしい、なんて言いかけたのを予測したのか、口を開きかけた俺に対し桐分城が割って入ってきた。

「ね。だからもうみんな呼んだから」

「は?みんなって誰?」

「まず四十万、平次郎は当然として、生塩先輩でしょ?えーと、あと藤沢(ふじさわ)と驢馬桑(ろばくわ)、その二人と同じバンドで呼ばないのは気まずいから清河。あと銀鮭(ぎんじゃけ)と機関柱(きかんばしら)、谷口(たにぐち)と熊叩(くまだたき)、粁口(きろめーとるぐち)はあんたと知り合いだから呼ぶ。あと誰いたっけ?」

「おい、多いって」

「まあいいじゃん、童貞君の晴れ舞台だから」

 俺は童貞じゃねえ、と遮ろうとするのを糸井が制し、続ける。

「源(みなもと)と魚(さかな)は?」

 桐分城がこたえる。

「魚って、女のコのほう?それとも三年の男の?」

「魚淳介(さかなじゅんすけ)。男の三年の」

「え、うちアイツ無理なんだよね。みっちゃん(蜜集由香(みつあつめゆか))のことガチで狙ってたから」

「あー、誘ったの畳奈良(たたむなら)さんだから、うーん、それとなく伝えとくわ」

「え、OBの?OBの畳奈良さんまで話行ってるの?」

 俺は困惑を隠せない。

「もちろん。明石家(あかしや)さんとか繰民組坂(ぐるーみんぐざか)先輩とか、あとあれだ、顧問の心拍数(しんぱくすう)教授まで話行ってるし、その嫁さんのツッパリちゃんまで誘う予定ではある。あ!同級生すくねえなそうなると」

「じゃあさじゃあさ、学部からも呼ぼうよ、緑間(みどりま)とか磨(みがき)とか机(つくえ)くんとか、香水チャーハンとか」

「おい誰だよ最後の」

「いいね!あと貴様(たかしさま)とか優待(すぐるまち)とか二(いちのつぎ)とか一一二三五(ふぃぼなっち)とか!俺知り合いにバーやってる武(たけ)っちゃんって人いるからさ、そこ貸切ってもらおう!」

「うん!いいねいいね!」

 ああ、だから嫌だったのだ、桐分城が絡むといつも話が大きくなる。

 なんだかクラクラする意識の中で、いつ、本当はフラれたのだ、という事実を告げるか、俺は結論を全く出せずにいた。