一段と冷え込む夜だ。
秋が来た。バトル漫画などで「いつの間に背後に…!?」みたいなシーンがあるが、そんな感じの秋が来た。でもきっと、一週間後にはまた暑すぎる日が来て、秋どこ行った、って言うんだと思う。
でも今日は輪をかけて寒い。タンスの奥から上着と長ズボンを取り出してきて、着た。やや黴くさい気もするが、きっとこれはタンスの奥地に押し込んでいた怨念が粒子化して飛散しているだけなので、全く体調に影響は無いだろう。そのはずだ。
疲れた。温かいボルシチが飲みたい。インスタントじゃないボルシチが。ざくざくとキャベツを刻み、トントンと小気味よく玉ねぎを切る。ビーツなんて初めて買ったな、と脳内でぽつりと考えながら下拵えを済ませ、そろえた具材をぐつぐつ煮込む。そうして鍋いっぱいにできた4日ぶんのボルシチの、半分をすぐさま平らげてしまう。
こういうね、こういうボルシチが食べたい。
貪婪さとは真逆の位置にあるボルシチを、強く望む俺の貪婪さ。
一ミリも部屋や台所を片付ける気もなく、したがって上に述べたような丁寧な暮らしを紡ぐ気も本当は無いのだ。だのに、俺は丁寧なボルシチを心から望んでいる。傲慢で貪欲だ。
全てのバランスが前後不覚で、意識の三半規管がすべて同じ方向を向いている。無限に続く空間の中を、微塵も流れのないリンパ液が満たしていて、向きという概念を、この心が失っている。