上京する。
そのため、メインの物資はすべて東京に送り届けてしまい、いま俺が住む家の設備はネカフェにギリ負ける程度の貧相さになってしまった。一昨日までは家の中にベッドとゴミ袋しか存在しなかった。
アルバイトを終えて、どうぶつの森の初期装備みたいな家に帰宅したときの寂寥と悲哀は筆舌に尽くしがたいものがあった。ノートPCも持ってきてはいるものの、ベッドしかない家では作業に向かない。だからすることもなくスマホを開きながら横になるのも致し方なかった。
ああ、引っ越し。ここでできた様々を置き去りにしたり引き継いだりしながら、おれはここを去るのだ。引っ越し……。サカイ引越センターが残していった段ボールもいくつか残っている。処理しなきゃな、不用品。ああ。ああ引っ越し……。
突如、八木に電流走る。
段ボールを加工してデスクを作ろう。
思い立ってすぐにガムテープを手に取り、わくわくしながら俺は段ボールを組み立て始めた。それはさながら秘密基地を構築するような気持ちだった。段ボール一つではマウスを操作するスペースがないから、二つ分組み立ててまたガムテープで強固にくっつける。
こういった、無や不便から、まるで陣取りゲームのように、自分の快適を提供できるスペースを名付けるみたいにして作り出すのが好きだ。
これを、漫画家・エッセイストの香山哲さんは『ビルド』と名付け、「自分の快適や充実を、無い場所に作り出すことなら、だいたいどんなものでもビルドだからね」として定義している。俺はこのビルドの説についてきいたとき、すとんと腑に落ちる気持ちがした。
「例えば・・・お風呂でフライドポテトを食べながら読書をする仕組みをつくることは、ビルドだ。」「2時間くらいノートで作業しても大丈夫そうな喫茶店を見つけるっことだってビルドだ。」と香山さんは例示する。
俺がいまこの住まいで行っていることもビルドだし、これから東京で行うこともビルドだ。さて、ビルドの下ごしらえのために、俺は今から不用品回収業者に連絡しなきゃな……。